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『雑学』そうだったのか‼読めばあなたも網戸マニア!

 2018/04/19 お得な知識
この記事は約 6 分で読めます。 115 Views
網戸の歴史

奈良時代より以前‼網戸の歴史とは⁉

現代の住宅においてほとんどの家で設置されている網戸。

網戸の役割はみなさん知っているように私達にとって害のある蝿や蚊を家の中に入れないためのものと認識されている事でしょう。

それだけに網戸の存在は建物を構成する窓の一部として確固たる存在になっていると思います。
実際この網戸はどのようにして生まれ、現代に至るまでの進化を遂げたのでしょうか。

しかしながら、網戸に関する歴史的資料は調べてもほとんど存在しないのが現実です。
そのため年表的なものを作りあげることは不可能に近いと思います。

ただ、網戸を語る上で忘れてならないのが、網戸と同じ機能をもった「蚊帳」というものの存在です。
蚊帳は網戸の原型といっていいくらい我々の身近なものとして活躍してきました。

一旦は姿を消してしまいましたが最近になってその機能性が見直されており、特にアウトドアの場面で活躍するようになっているそうです。

ところで蚊帳はいつ日本に入ってきたのでしょうか‼

蚊帳の歴史について

その蚊帳の起源は古く、一番古い記録としては応神天皇が播磨の国を巡幸の際に「賀野の里」(=かやのさと)というところで御殿を作って蚊帳を張ったというのが「播磨国風土記」に記されております。

また同時期の「日本書記」によると中国の呉から蚊屋衣縫という蚊帳作りの女性技術者が渡来したと記載してある事から、奈良時代より以前に中国より伝来してきたのがはじまりと考えられています。

それから時代は進み戦国時代。
近江国の八幡商人が麻の糸を織らせて蚊帳を作り始めたのが「近江蚊帳」で、この地方は琵琶湖の湿気が蚊帳を織るのに適していたようです。

ちなみに現代においても布団で有名な「ふとんの西川」の創業者西川仁右衛門は19歳のときに蚊帳・生活用品業をこの地で開業しています。

戦国時代までは蚊帳は上流階級だけの贅沢品と言われていて、戦国武将のお姫様の輿入れ道具として扱われれていました。
また米に換算すると2~3石と高価なものだったようです。

江戸時代に入ると西川をはじめ近江八幡では17軒の蚊帳屋が、西暦2000年まで続いた「日本蚊帳商工組合」の前身となる講を形成しました。
そして江戸時代も後半になってからやっと蚊帳が一般家庭に普及するようになりました。

この間、蚊帳に使われている素材は麻によるものがほとんどでしたが、昭和35年になってようやく合成繊維での蚊帳が登場することになります。
この頃から昭和40年頃まで蚊帳の生産は250万張りを数えるほどのピークをむかえました。

しかし、爆発的に蚊帳が売れたのもこの一瞬でそれから衰退の一途をたどってしまうのです。

話を網戸に戻しますが、これに関しては上記に記載してあるように前述の蚊帳ほどの古い文献や記録がほとんど発見されていません。
そのため、当時の住宅様式から紐解いていく必要性があります。

まず奈良平安時代の古い絵巻物などを見ればわかるように建物には縁側を挟んで仕切るものが何もなく開放的でした。
そのため部屋と部屋の仕切りも帳(とばり)程度のもので網戸が存在するような建物ではなかったということです。

ですからこの時代から網戸が生まれるまでの間は蚊帳が活躍したと思われます。

では網戸が生まれるきっかけはなんだったのか?

網戸の原型⁉

上記にも記載しましたが網戸に関する資料がほとんどない中で、俳句で有名な小林一茶の句に「留守中も 釣り放したる 紙帳かな」「月さすや 紙の蚊帳でも おれが家」というのがあります。

「紙帳」とは、和紙をもみほぐして、それを張り合わせて作る紙製の蚊帳で壁面に30センチ角位の窓があって、そこには蚊帳の切れ端が縫い付けてあったそうです。

この時代に蚊帳の切れ端を窓に張るといった網戸としての使われ方の原型がすでにあったことになります。

最もここでの窓は現在の引き違い窓といったものでは当然ありません。
あくまでも想像ですが、現在の網戸のようなものが登場する条件としては当然のことながら窓の形態が引き違い式でなければなりません。

では現在の窓のように外気を遮断するような使われ方をしたのはいつ頃かということになります。
窓の形態としては戸板式の雨戸が外気と縁側を遮断していたものが引き違いの窓としても使われ出したのが出発点ですが、

現在のような使われ方をするには長い年月を必要としました。
結論的には窓ガラスが劇的に変化をもたらす役割を果たすようになったことです。
今でもガラス業界大手の旭硝子によって国産の硝子が始めて生産されたのは明治42年のことで、大正に入ってからラバース式製法など大量生産が可能になってきてから窓ガラスを使った窓は急速に普及していきます。
網戸と窓はセットと思われがちですが、この頃から網戸が出てきたのかというとそうでもありません。

おそらくこの時点では窓メーカーや網戸メーカーの存在すらありませんでした。
ちょうどこの時、窓を作っていたのは大工さんから分業していった建具屋さんだったのです。

分業した建具屋さんは蚊帳の素材や金網を使って窓ガラスの代わりに窓にはめ込む網戸を作っていたと考えられていますが、ごくごく一部のことだったでしょう。

それ以外の方法として窓の全面を覆い隠すように蚊帳の素材を張っていたようです。
網戸に関する情報がほとんどないのはこうしたことからきているからでしょう。

このような状態は日本が戦後から立ち直る昭和30年代中頃まで続いたのです。

昭和30年代に網戸にとって画期的な出来事が二つありました。

網戸にとって画期的な二つのこと

一つは現在のダイオ化成の前身である「垣内商事」が初めて合成繊維による防虫網を開発したことです。

当時はサランと呼ばれる塩ビ系の樹脂が素材として用いられ、

この素材の名前から防虫網のことを「サラン」と呼ぶ人もいました。

二つ目は、もっとも網戸にとって大きな影響をもたらした要因となるのですが、昭和35年から40年にかけて「アルミサッシ」が登場し、恐ろしい勢いで普及していったことにあります。

このアルミサッシの普及とともに姿を消していったのが「蚊帳」になるわけです。

ここではじめて蚊帳にかわる存在として網戸が脚光を浴びるようになっていったわけです。

現在のような形態の網戸の歴史はそれほど古くなく、ここ45年くらいしか経っていませんがその間の進歩はめざましいと思います。

一方、海外に目を向けると網戸としては日本より古くから存在していたようで窓に防虫用のネットを張ったり、薄いカーテンを引いたりして蚊の浸入を防いでいたようです。

確かなところでは1660年にドイツで金属製網が使われたのが最初で網戸の原型になったと言われています。

網戸や蚊帳が生まれ、現在において当たり前にある事で我々の生活が少なからず快適になったといえるでしょう。

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